最高と最善の狭間に

最近若手の転職支援に関わる仕事が増えてきた。営業先の現場責任者と話をすると「クライアントにより過ぎた社員ばかりだ」と嘆いていて、転職希望者と話をすると「数字により過ぎた会社だ」と嘆いている。

 

なぜ二人の間にここまで大きな溝が出来てしまったのか...
きっと離婚に関わる弁護士は、いつもこんな気持ちなんだろう。

 

こういった溝があるから転職エージェントは飯が食えているわけだが、クリアソンはそれでいいのか?と自分自身に問いかけてみた。

心の中のリトル中村は、それじゃクリアソンらしくないと答えた。

 

 

転職を考える前に

若手で転職を考えている方は「まわりが転職しているから」と流される前に自分に問いかけてほしい。

 

今の自分は最高と最善の狭間にいるか?

 

 

いきなりこんな問いかけをしても、「意味不明なんですけど??」と言われそうなので簡単に解説させてください。

 

 

銀行員AさんとBさんの話について
会社は働き方改革に伴い、生産性を重視にするようになった。そこでお客様1人あたりに対応する時間を最大20分と制限をする事にした。

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最高の仕事をしたいと考えるAさんは、このルールに反発した。お客様にとって最高のサービスは20分で提供できないと考えたからだ。彼女はお客様と真剣に向き合い、最高のサービスを提供することを最優先に考えた。ルールは無視して、1人に2時間程度の時間を使った。その結果お客様はとても満足して「なんていい銀行なんだ!!」と沢山褒めてくれた。しかし1人に2時間使ったので、待たされているお客様はカンカンに怒っていた。

 

最善の仕事をするBさんは、20分という限られた時間の中で自分に出来る事をしようと考えて試行錯誤した。結果としてAさんのようにお客様を感動させることは出来なかったが、成績はAさんの3倍売り上げた。

 

 

少し極端な事例ですが、私は最高を追求したAさんが間違っていると思わないし、最善を追求したBさんが間違っているとも思いません。

 

 

最高を追求することで、最善のレベルが高まり
最善を追求することで、最高に磨きがかかる。

 

と考えているからです。

 

 

求職者様の多くは、
「今の会社のやり方では、お客様が幸せになると思えない」
「今の会社の考え方では、従業員が幸せになると思えない」

といった理由で退職を検討される方が多いです。
これは「最高」を追求しようとする考えから生まれています。最高を追求することは決した間違った考えではありません。

 

一方で最高を追求するのはいいですが、今の状況で最善は尽くしましたか?
今の環境で最善を尽くしていないのに、最高を追求すると「評論家」になってしまいます。

 

 

 

一方で最善だけを尽くしている人も面白みに欠けます。
こういった人の多くは「失敗経験」が少ない。

最高を追求する「青臭さ・遊び心・追求心・好奇心」みたいなものが欠如していたりする。だから最善のレベルに変化が見られなくなる。与えられた中で最善を尽くすことも大事ですが、時にはルールを離脱して最高を追求することも大事です。

 

例えば先ほどの銀行員のケースなら、お客様がいない時はチャンスだと思って20分ではなく、1時間ぐらいかけてお客様への最高を追求してみるなど。

 

 

本当に苦しい時は逃げてもいい。
無理しなくてもいい。

 

だけど安易に転職を考えるのではなく、
まずは自分が最高と最善の狭間にいる状況をつくりだすこと。

 

ここは大事にしてほしい。

 

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